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シュールで愛おしい短編集。村崎羯諦「△が降る街」レビュー【ネタバレなし】

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■△が降る街(著:村崎羯諦(むらさき ぎゃてい))
小学館文庫 2022年2月9日第一刷
ジャンル:短編小説集
ページ数:本編276ページ
読破所要時間:約2時間10分
※1ページを28秒で読んだ場合

 

■要素:短編小説、シュール、ファンタジー、恋愛

 

■あらすじ

(表題作 △が降る街)

"私"の住む街では、時々三角形が降る。三角形が降る日は公共交通機関は止まり、高校は臨時休校になる。街に降る三角形は、窓に当たると錆びた鈴のような音がする。

そんな日に、幼馴染の一人である俊介から「俺と麻里奈、付き合うことになったから」という電話がかかってくる。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

余命3000文字」の著者の次作となる本著。

本作も一つ一つが短さの中に展開の大逆転を孕んでいたり、はたまた一つの物語をただじっと眺めるだけの静かなお話もあったり、著者お得意のシュール短編も入り交じり、大満足の1冊でした。

 

特に印象に残った短編をピックアップすると、

 

●ハンカチーフ:

目の前を歩く男が落としたハンカチを拾い「落としましたよ」と差し出すも、男は「それはあなたのハンカチでしょう」と言う。よく見れば男の帽子も、そして男の右手も、足も、何故か自分のものだった。

じわじわと自分が無くなっていく様がゾッとする系のホラー。

 

無重力のδ(デルタ):

”私”が好きだった男の子は、怪物になって挽き肉になってしまった。無重力のδにどうして彼が怪物になったのかを尋ねるが、彼は「理由なんてないさ。僕や君が怪物になる可能性もあった」と語る。

本著のシュールな設定や展開続きの短編の中にあって、突如として現れる宇宙の中の地球ではない星でひそやかに語られる冷たく優しいお話。

 

●空の博物館:

遠い未来、美しい「青空」や「夕焼け」、「夜空」などは様々な国の富豪によってオークションで落札され、今では空を見上げても曇天しか広がっていない。そんな中、”私”は空の博物館を訪れ、様々な空を見物する。

美しくて大事にしたいものは意外と身近にあるし、それはいつか誰かに独占されてしまうかもしれないと思いを馳せるお話でした。

 

●仕事と結婚した男:

「そんなに仕事が好きなら仕事と結婚すれば」と言われて恋人に降られた男、千葉は、その通りだと思い立って”仕事”と結婚した。婚姻届も提出し、結婚式も挙げ、仕事との結婚生活は順調に過ぎていったが、ある日会社に不況の波が襲い掛かり…

オチが秀逸かつちょっと待ったー!!と言いたくなる。それと同時に自分が本当に好きなものは何なのか、考えさせられる。そして結婚相手はマジで慎重に選ぶべきなんだなって…

 

他の短編も村崎先生節が遺憾なく発揮され、気兼ねなく読めるものから気が重くなるもの、ちょっと切なくなるものなどより取り見取りなのですが、前回作と比べると「恋」や「愛」がテーマとなっているものが増えている印象でした。

 

しかし一番意外だったのは、最後の章である「初恋に雪化粧」が何の設定のひねりもない恋愛小説だったことでした

だからこそでしょうか、散々非現実空間を浴びた脳に、極めて普通の世界のどこかで起きていそうなささやかな恋愛模様が沁みること…

ご都合主義のハッピーエンドではなく、大人への一歩を上る少年少女たちの苦みを含む思い出、夢を追う主人公に幸あれと願ってしまう。

 

中には「からあげが安くて、たくさん食べられるお店」みたいなただの飯テロ短編だったり、「イケメンの匂いつき消しゴム」みたいなダジャレ的短編もあるので、決して重い気分のまま読ませないのも好きポイント。(「真面目に地獄行き」のような無情なものもありましたが…;)

 

まだまだ読破した小説の数は少ないですが、前作が令和の星新一とするなら、本作は現代小説群の縮図とも言えるかも知れない、と思いました。それほどに様々な設定、世界、自由さ、面白さが混ざり合って一つの本になっているのです。

 

手軽に非日常を味わいたい時も、日常に疲れて慰めを求めたい時も、自分を見つめ直したい時にもおすすめの1冊です。