人に薦めたいマイナー気味な小説レビューブログ

ちょっとマイナーだけどオススメ出来る小説をレビューしています

二転三転、そして鳥肌。 長江俊和「出版禁止」レビュー【ネタバレあり】

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■出版禁止(著:長江俊和)
幻冬舎文庫 平成29年(2017年)3月1日第一刷
ジャンル:ミステリー
ページ数:本編332ページ(※あとがき込み)
読破所要時間:約2時間50分
※1ページを30秒で読んだ場合

■要素:不倫、恋愛、心中

■あらすじ

著者が手にした「カミュの刺客」の原稿。そこには著名なドキュメンタリー作家と不倫した秘書に対するインタビューと、それにより心境の変化を起こす原稿著者の、愛と謎に対する葛藤が記されていた。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

※ネタバレを含みます

 

お久しぶりの更新。ちょっと私生活で他の趣味が忙しくサボってましたスミマセン

で、今回の感想。

 

なんというか、「やられた」という読後感。

むちゃくちゃ面白かったです。

 

あらすじとしては、7年前に著名なドキュメンタリー作家である「熊切敏」が、山梨県の山荘で睡眠薬とアルコールによる自殺を遂げてしまい、その際に共に心中を計画したものの生き延びてしまった「新藤七緒」(仮名)に対し、ライターの「岩橋呉成」が心中の真相を解き明かすために彼女にインタビューしていくというもの。

 

岩橋氏は「心中」という行為に対し、浄瑠璃歌舞伎『傾城仏の原』に記されている「互いに命を捨ててでも、証明しようとした激しい恋情」という意味合いが、いつしか現代では「誰かを道連れにする」という、愛とはかけ離れた意味に変化しつつあることを認識しています。

もはや現代には「死を以て愛を証明する」といった心中は存在せず、フィクションの中だけの話になってしまったのか。

そんな中、上述の新藤七緒に出合い、インタビューしていくうちに、七緒は熊切敏に妻がいる事を知りながら、それでも抗えない深い愛に溺れていった事を聞かされます。

 

最初の内、岩橋氏は「熊切と七緒の心中未遂は偽装工作で、実は何者かが熊切を殺害しようとしたのではないか」と考えます。熊切氏は政治等の裏世界にも切り込んだ作品を発表するドキュメンタリー作家で、題材にされた政治家からは恨みも買っていたとのうわさ。そのために七緒が刺客として送り込まれたのではないか…。

 

と、話の3分の2くらいは上記の謎を解き明かしていくのかなという感じで読み進めていったんですが、この話の本筋はそこじゃなかった。

この小説のテーマは心中事件の謎の解明ではなく心中そのものでした。

 

七緒は不思議な魅力のある美人であり、岩橋氏も初めからそのことは認識していましたが、後からその魅力によって人として超えてはいけない一線を越えてしまいます。

何というか、後半3分の1の怒涛に押し寄せてくる衝撃の展開や伏線の回収に一気に引き込まれてしまいました。これ以上はネタバレするともったいないので本当に読んでほしい。

一部ミステリーらしく気分が悪くなりそうな表現もあったのでそこは注意。

 

また、この小説の凄いところはこの小説があくまで長江俊和氏の体験談として書かれたノンフィクションの体を守っているところです。

序章からあとがきに至るまで、この小説が実際に起きた話なのではないか?と思わせる技巧、まさにエンターテインメント。

実際、ヤフー知恵袋にも「この小説は実話ですか?」といった質問もありました。それには「フィクションです」と回答が付いていましたが、それでもなおこの世のどこかで起きたかもしれない生々しい表現性。

 

浅学ながら著者の長江氏は「放送禁止」シリーズ?の作家さんだそうで、こういった作品を作り出す方のようです。

他の著作も読みたくなりました。本っ当に面白かった・・・。ずいぶん前にブックオフで買ってたので早く読めばよかった。ありがとうございました。

 

 

 

 

【ネタバレあり】歪んだ愛と純粋な絆。知念実希人「神のダイスを見上げて」レビュー

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■神のダイスを見上げて(著:知念実希人)
光文社 2018年12月20日第一刷
ジャンル:ミステリー
ページ数:本編355ページ
読破所要時間:約2時間40分
※1ページを30秒で読んだ場合

 

■要素:隕石、世界滅亡の日、破滅、復讐、禁断の愛、友愛

 

■あらすじ

発見者の名前にちなんで「ダイス」と名付けられた小惑星は、ある日突然軌道を変えて地球へ向かってくる。ダイスが墜ちてくる、墜ちてこないの論争で次第に世界に混乱が広がり、ダイスの落下「裁きの刻」の予報まであと5日となった日、亮は姉・圭子を殺した犯人を捜すために動き出す。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

どうしてもこの作品は完全なネタバレなしでレビューするには私の力量が足りなかった。

知念先生の作品は他に死神シリーズ3作読んだんですが、毎度凄く読みやすいんですよね。文章が親しみやすいというか。

しかしながら死神シリーズとは打って変わって、この「神のダイスを見上げて」は全く安堵の瞬間が無い。直径400㎞という絶望的な大きさの小惑星「ダイス」の落下予想地点は日本。少しでも生きながらえようと世界中の人間はブラジルへと逃げ、日本の閣僚は地下シェルターに籠ろうとし、国民はシェルターを開放しろと国会議事堂を取り囲んで暴徒化する。ダイスが降ってくると信じ込んだ人々は「ダイス精神病」を発症し自殺する人間たちまで出る始末。

そんな荒廃しつつある世界で、主人公の男子高校生・亮は殺された姉の仇を討とうと犯人捜しを始めます。

 

この時点で上手いなって思ったのが、既に国が大混乱で内乱を抑えるために警察が動員されていて、亮が独自に動いて犯人への復讐を果たす舞台が綺麗に整っているところなんですよね。

一応、岩田さんという女性の刑事さんが捜査担当者なんですが、彼女も彼女で正義感とかじゃなくて自分のためにこの事件を解決したい人なんですよね。

警察は未だに男社会だから、女の自分がのし上がるには「美人女子大生が無残に殺された」この事件を解決へと導くしかない。出世へのまたとない大チャンス。だから捜査に協力してよね?って感じ。

 

そして重要人物・四元美咲。彼女の母は美咲が体育の授業で捻挫をしたら、カタギじゃない男たちを引き連れて校長室へ乗り込み「誠意を見せろ」と土下座を強要するような、モンペという言葉すら可愛く見えるヤバママ。その出来事がきっかけで美咲はクラスから完全に孤立。

 

そして主人公・亮の姉、圭子も、作中語られる人物像はかなり妙で、人当たりもよく大学では人気者ですが、亮に対して姉弟の域を超えた愛を亮に示していたり。

 

亮も雪乃ちゃんという恋人がいるのに、いくら殺されたからとはいえ考えるのは姉・姉・姉のことばかり。父は愛人と駆け落ち、母は癌で亡くなり、二人きりの姉弟となって、まるで癒着するかのように亮と圭子はお互いのことばかり考えていた。

 

で、経過は省きますが、結論。(ここから下は物語の核心に触れます)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

圭子が殺されたのは、圭子自身ががそう仕組んだから。

 

圭子は異性のみならず同性も魅了し、そして利用した。

大学の友人である東雲香澄の好意を利用し、自分を殺させ、亮に「姉を殺した犯人への復讐心」を植え付け、「裁きの刻」のその瞬間まで自分のことを考えていて欲しかったから。

圭子は弟である亮に恋心とも言える巨大な感情を持っていたんですね。

 

 

そして四元美咲の母も、美咲のことを自分の人形としか見ておらず、癌で体を侵されながらも「美咲、裁きの刻の時まで一緒にいて。ママと一緒に死ねるの。嬉しいでしょ?」と半狂乱になって迫ります。

美咲は美咲で肉親の呪いに掛けられていた。

 

全ての謎が解け復讐心から解放された亮と、母が死に「母の所有物」という立場から解放された美咲は、隣り合ってお互いを友達と認め合い、墜ちてくる赤い星を見上げて物語は終わりを迎えます。

 

で、読み終わって思ったんですが、この作品。

登場人物の中にロクなのがいねえ!!!

まともなのは最後の方に出てくる自衛官くらいじゃないの。あと魚住君と牧師。

というか主人公が度を越したシスコンの時点で共感もへったくれもないんですが、それでも地球が終わるかも知れないという状況だったら、まあみんな好き勝手なことするよねって。

 

そして今、某国で起きている戦争のことを思い出す。

地球が終わりとまでは行かないまでも、空から爆弾が降ってくる日は正しく破滅の日と言えるでしょう。

そういう状況になった時、私はどんな行動を取るだろうか。

 

私は亮のように殺したいほど憎い相手がいるわけではないけど、最後の時まで大切な友人や家族を想うことが出来るだろうか。

それとも「くたばれクソジジイ」と思っている父の悲惨な死を願うだろうか・・・。

 

…私もろくな人間じゃない。

 

いずれにしても、自分の世界の終わりが迫った日に、どんな行動を取るかを考えさせられた。

「死神シリーズ」もそうでしたが、お医者さんでもある知念先生の医学トリックや、意外と身近に存在する「死」にどう向き合うかを思い出させてくれる。

これもまた大切な1冊になりそうです。

 

 

冷や汗・学び・また冷や汗。。 奥田英朗「家日和」レビュー【ネタバレなし】

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■家日和(著:奥田英朗)
集英社文庫  2010年5月25日第一刷
ジャンル:短編小説
ページ数:本編241ページ
読破所要時間:約2時間
※1ページを30秒で読んだ場合

 

■章構成:

サニーデイ

ここが青山

家においでよ

グレープフルーツ・モンスター

夫とカーテン

妻と玄米御飯

 

■要素:夫に言えない秘密、主夫、ジェンダーロハス

 

■あらすじ

(第一章「サニーデイ」より)

要らなくなったピクニックテーブルをオークションに出し、高評価を付けられたことで自信を持った主婦、紀子。夫も子供たちも相手にしてくれず、オークションの評価が自分に価値を与えてくれると感じ始め、家の中のものをどんどん出品する。次第に、夫の趣味のギターにも目を付けるが…

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

初めに言っておきたい。

 

・この短編集は全て尻切れトンボです。

・どこが「やさしくあったかい筆致」やねーん!!

 

いや最初の「サニーデイ」とかほんと冷や汗掻きながら読んだが??こんなヒヤヒヤする小説久しぶりに読んだわ。

 

 

サニーデイ

さて第一章。いや、分かるんですよ。世間と隔絶されてるなって思ってる中で、オークションであっても褒められたら嬉しいから、もっと出品しよう、ついでにお金も得てエステ行ってランチ行って…ママ友間でも褒められるようになった、もっと出したい…そういえば夫のギター、長い事使ってないよなあ…

 

だ、ダメだーーー!!それだけはーー!!;;;;

 

自分が興味ないからって、同居人(夫)の私物を勝手に売りさばいて云々ってくだり、某巨大掲示板でも有名なエピソードがありますよね…そしてそのご夫婦がどうなったかはまあ、うん、誰も幸せにならない破滅的な結果になったわけですが、それと類似する話をこうして小説で読む日が来るとは・・

結局この主人公がどうなったかはネタバレなしレビューなので書きませんが、とにかくしょっぱなから「日和」とは??と思わずにはいられないパンチの利きまくった第一章。

 

ここが青山

続いて「ここが青山」。このエピソードはこの本の中で一番好きでした。

超簡単に言うと凪良ゆう先生の「流浪の月」と似てます。あれのサラリーマン版みたいな。

ある日突然、社長から会社の倒産を告げられ失職してしまった裕輔。妻にそのことを伝えるも「あ、そうなの?」とあっけらかん。次の日から息子の世話と家事全般は裕輔の担当となり、妻は前の会社への復職をあっさり決め、バリバリ働きだす。

お互いに今の方が楽しいと感じているが、世間は「会社が倒産した哀れな夫とそれを懸命に支える健気な妻」と見るばかり…といった感じのあらすじ。いやもうかなり流浪の月だな。

こういう「自分たちが感じている幸せと世間の目から見た幸せの乖離」の話、ほんと定期的に読みたい。読んで良かった。大事な友人達とかかわるとき、自分の考える幸せ=他人の幸せだと思い込まないようにするって無茶苦茶大事ですもんね・・

あと「人間至る処青山有り」も初めて知った諺なので勉強になりました。この考え方も、活かせるかは別として心に留めておけばいつかきっとこれに救われる日が来ると思う。

 

家においでよ

さて続いて「家においでよ」。妻の仁美に出ていかれ、離婚前提の別居を始めた亮は、何故か急に開放的になり自分好みのインテリアや高いコンポを買い込む。妻が帰ってくるどころかやがて同僚が入り浸るように…。

これ途中で気づいたんですが、主人公、インテリア買い漁ってる間ぜんぜん奥さんのこと思い出す描写ないんですよね。それに気づいたときちょっとゾッとしましたが、同時に人間関係も大事だけど、それと同じくらい大事にしたいものを蔑ろにしていないかを振り返ることって大事だなって思いました。

人間は生きていて感情もあるから、目の前にいる人を尊重することは確かに大事なんですけど、自分を押し殺すことは良くないし、バランスが難しい。。

 

グレープフルーツ・モンスター

自宅で内職をする弘子のもとに、新しい担当者の栗原がやってくる。無遠慮に家に上がり込んでくる栗原からは柑橘系の香水の香りがし、彼がやって来る日の夜、弘子はグレープフルーツに犯される夢を見る。

突然始まる官能小説(?)。夫に対する後ろめたさが、グレープフルーツの怪物に犯される快感を上回って、段々現実世界でも栗原に性的アピールをし始めて…という。これは「サニーデイ」と似ていて、夫に言えない秘密を持ってしまった話ではありますが、

私物売りさばきと心理的浮気…どっちも嫌だなあ(^^; 日和とはいったい(2度目

 

夫とカーテン

突然会社を辞めてカーテン屋を始めると言い出す夫の栄一。春代はまたかと思いながらも、店が軌道に乗り始めると、自身のイラストレーターの仕事も不思議と上手くいって…。

 

いやこの夫絶対なんかあるだろ・・・・・・!!!!!と読みながら始終思ってました。

なんかこう、思い立ったらすぐ会社辞めちゃうし、よく考えないで何百万も融資受けるし、胡散臭いバイトを「最初に面接に来たから」って勢いで採用しちゃうし、それ全部妻である春代に相談なしに全部勝手に進めちゃうの・・・

結果的にうまい事行ってるみたいですけど、現実にいたらぶっ飛ばし案件。しかしイライラがスカッとに昇華される不思議な読後感。

 

妻と玄米御飯

急にロハスにはまりだして夫と息子二人に強要する妻と、振り回される家族の話。

奥さん・・・・頼む落ち着いて!!!!

近所のナイスな夫婦に触発されてヨガに行ったり、流木でインテリア作ったり、食べ盛り育ち盛りの息子二人のトンカツ要求を跳ねのけお手製野菜ジュースを出したり…

カァーーーーーー!!

私別にロハスとかヴィーガンとか本人の好きにすればいいと思ってる人間ですが、他人を巻き込むのはノーサンキュー!!!

そんでもって奥さんが教祖のようにあがめる佐野夫妻。

一番くぅッって思ったのが

「大塚さん、ぼくより2つ若いんですよね」知っていて、わざと人前でいう。

い、いるーーー!!こういうやつ絶対いるーーーー!!!

 

現実世界では幸い私の人間関係の中ではこんなやついないですが(過去いたかもしれない、もう縁が切れてるけど)

この佐野夫妻、周りから見ても若々しくてキラキラで、みんなから羨ましがられる立場なのに、なんで他人を貶めるのか。

わざとじゃなかったらとんでもない非常識大馬鹿ですが、わざとだったら恐ろしい性悪ですよ。。。

でももしわざとだったら、この佐野夫妻もちょっとかわいそうなんですよね。だってどんなにキラキラしても、他人と比べて綺麗で幸せだって常に感じてたいって焦ってる感じしますからね。

気持ちは分かるけど・・・他人と比べることって疲れちゃうよ・・・。

ラストのオチはちょっと好きになれないんですが、それも含めてやはり自分の主義主張は他人に強要すべきではないと強く再認識出来る話でした。

 

■まとめ

なんか散々書いてしまいましたが、それだけ各章の人物描写が生々しく、これが奥田節…!!!と感銘を受けたのでした。いやーヒヤヒヤしたりイライラしたり考え込んだり、面白すぎた。

 

最初に書いた通り、本書の短編はほとんど尻切れトンボな終わり方をしていますが、それでもいいって方には是非読んでいただきたい。超おすすめです。

他者の少しの非日常を覗きながら、我が身を顧みる良い機会を与えてもらえる小説です。

ああ~~~、奥田先生の本他にも読みたい。でも次は知念先生の長編を読むんじゃ~~~

 

 

 

一人の凡庸教師の愛に満ちた歴史。ジェイムズ・ヒルトン「チップス先生、さようなら」レビュー【ネタバレなし】

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■チップス先生、さようなら(著:ジェイムズ・ヒルトン、訳:白石 朗)
新潮文庫 2016年2月1日発行

(原著:1933年12月アメリカ・ブリティッシュ・ウィークリー誌クリスマス号にて発表)

ジャンル:短編小説、心理フィクション
ページ数:本編125ページ(序、解説を除く)
読破所要時間:約1時間
※1ページを30秒で読んだ場合

■要素:イギリス、ブリティッシュスクール、教師、回顧、回想録、戦争と世界情勢

 

■あらすじ

老齢のチップスは、ブルックフィールド校と道を挟んで反対側にあるミセス・ウィケットの家に部屋を借りて住んでいる。チップスは暖炉の前に座りながら、六十余年間身を捧げたブルックフィールド校での記憶を回顧する。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

これはもうマイナーというより名作再発見ということになりそうです。というのもこの「チップス先生、さようなら」は、調べてみれば発表当時のアメリカ・イギリスにおいて大絶賛され、映像化も何度かしているようです。

映像化先の作品については今回はとりあえず置いておいて、本作を読んでまず思った事。

というか本編に入る前に著書ヒルトン氏による「序」の項目があるのですが、そこに述べられていたこと。

 

「(天啓を受け、衝動のままに書き上げた本作が、私が野望の頂点と定めていた「アトランティック・マンスリー誌への掲載」を成し遂げ、アメリカで大成功を収めたのちイギリスへ凱旋した)この経緯をいささかの自負をまじえてつぶさに語るとしても、私は謙虚になることを忘れないつもりだ。こうした夢物語が現実になる作家がどれほど少ないかを知っているからであり、また作品の美点の多寡にかかわりなく、ある程度の幸運の要素が抽出されるからだ。

 

もうなんかここ読んだだけでこの本を手に取って幸運だと思ってしまった・・まだ本編入ってないのに・・

2020年代を生きる私にとっては、星の数よりも多く見える小説というジャンルにおいて、新しく書き上げて世に出しても大勢の注目を得られるのは稀な幸運によるものだと思っていましたが、1930年代でも既にそういう認識はあったのだなあとしみじみと思ってしまいました。

 

さて本編ですが、超簡単に内容を言ってしまうと、イギリスの架空のパブリックスクール「ブルックフィールド校」で過ごした事、感じたことをチップス先生が回顧していくという流れ。

 

そもそもパブリックスクールとは?と思ってWiki先生に聞いてみた。

パブリックスクール (public school)は、13歳から18歳までの子弟を教育するイギリスの私立学校の中でも上位一割を構成する格式や伝統あるエリート校である非営利の独立学校の名称。』

だそうです。現在は男女共学も増えているそうですが、本作発表当時は寄宿制の男子校だったとか。

 

このブルックフィールド校は、作中では18世紀からの長い歴史を持ち、「幸運には恵まれず、名門校とまではならなかった」「廃校寸前まで衰える時代もあれば、あと一歩で有名校の仲間入りを果たすところまで栄えた」と、安定しない社会的地位を持った学校と語られています。

そしてそういう学校だからこそ、「社会的にも学問的にも、一目置かれるが傑出はしていない」チップス先生が教師として採用されたという流れ。

そしてチップス先生はごく一般的な感性として、いつかは校長に昇り詰めてやるという野心を持っていましたが、次第に自分にはその資格が欠落しているのだと気づき、しかしその頃にはブルックフィールド校に深く根差した教師となっていたので、相応の身の振る舞いをすることに決めた。

 

この辺り、なんかすごく身に覚えがあるような。

「序」にて著者が述べられた通り、謙虚って大事であるとともに、それに気づくのはある程度の経験を重ねてからのことが多い気がする。だけど気づいたからといって謙虚であり続けるのはとても難しい。だからこそ、序盤でこのように語られていてハッと気づかされるんですよね…。

 

そして本編中でチップス先生に多大な影響を与える、後に奥さんとなるキャサリン

娘ほど年の離れた彼女でしたが、頑固な側面のあったチップス先生に対し柔軟な考えで議論し、学校においても人気者となります。

 

ぼかして書くと、チップス先生はキャサリンよりずっと長生きするんですが、老齢期に入りつつあったチップス先生のユーモアの加速や生徒たちとの温かみのある交流は、確実に彼女の影響が強く出ていると作中でも語られています。

 

そして、本著のタイトルでご賢察くださいなラストに至るまで、幾度の学校からの脅威や社会情勢の波に揉まれながらも幸福に満ちて暮らせたのは、深く愛した彼女の存在あってこそなのは間違いないですね。

 

前にレビューした「輝く夜」の中の「ケーキ」でもそうでしたが、人生の最後に幸せを感じられるように生きることを夢見れば、少しだけ明るい視界になりそうだなと思いました。

謙虚であること、自分に影響を与えてくれる誰かに出会えること、そして自分の紡いできた歴史を拠り所にしてくれる誰かがいることの幸せを感じられる本作でした。

 

惜しいなと思ったのは、自分にもう少し世界史のまともな知識があれば、もっと楽しめただろうなと…。勉強不足*1

 

*1:+_+

救いのあるご都合主義。百田尚樹「輝く夜」レビュー(ネタバレなし)

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■輝く夜(著:百田尚樹)
講談社文庫 2010年11月12日第一刷
ジャンル:短編小説
ページ数:本編195ページ
読破所要時間:約1時間30分
※1ページを28秒で読んだ場合

 

⬛︎要素:クリスマス、不思議な出来事、巡り合わせ、

 

■あらすじ

魔法の万年筆より)

クリスマスイブ、経営が思わしくないからと会社からクビを宣告された恵子は、幸せそうに街を歩く人々を横目に沈んでいた。そんな中、ふと見かけたホームレスの男性に親切にしたことで、恵子は「魔法の万年筆だよ」と言われ、小さな古びた鉛筆をもらい受ける。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

永遠の0で著名な百田尚樹氏の第二作(巻末解説より)

百田先生の作品は「カエルの楽園」しか読んだことがなく、その時は誰もが目を背けたくなる現実に真っ向から斬り込む先生なんだなあと思っていたんですが、この「輝く夜」を読んで印象がガラッと変わりました。

 

正直、この作品は一言で言えばご都合主義極まれりなんですが、アラサー独女の私にはこれが沁みる。時期も時期だから余計に・・・

本作は「魔法の万年筆」「猫」「ケーキ」「タクシー」「サンタクロース」の5本の短編集なのですが、それぞれ不運や不幸を背負った女性が主人公となっており、それぞれに相応の救いが待っているというお話です。

 

特に好きなのは「ケーキ」でした。これは終わり方に賛否両論あると思いますが(どんな作品でもそうでしょうけど)私も死ぬときはこんな死に方したいと思える最後でした…。自分が世界一不幸だと思ったとしても、ひと時の夢で幸せに過ごせたらそれで良いのにな…と思うことが出来ますし、これを読んでそんな人生を疑似体験も出来たので、お気に入りです。

 

あと興味深かったのは、この「ケーキ」のラストが映画「インセプション」と通じる部分もあると感じた事でした。

ややネタバレ気味になってしまいますが、インセプションでは「夢の中で感じる時間は現実世界より遥かに引き延ばされる」と語られており、それがこの「ケーキ」でも同様になっている点が面白い。ちょうど公開時期とこの本の発売時期も似ているのが更に。

夢と現実を同時に扱う場合はきっとそのように決まっているのかも知れませんが、数少ない私が観た作品で共通点を見つけられたのがちょっと嬉しかったんですよね。

 

「ケーキ」の話ばかりになってしまいましたが・・。

 

「猫」は裏があるかも知れないイケメンやり手社長と派遣社員の主人公の話。不倫の片棒を担いでしまった過去を持つ雅子と、みーちゃんという猫が引き寄せる偶然。これは一番うまい事出来ている偶然と、社長の掲げる主義の一貫性が気持ちいい短編でした。

 

「タクシー」は、沖縄の海で偶然出会った男性に自分はスッチーであると嘘をつき、本当は工場で働く鞄職人であると言い出せずに無理をして自分を着飾り、それに耐え切れなくなり連絡を絶つ話。

友達に乗せられてずるずると嘘をつき続け、相手が自分にのめり込んでくることに悪い気はしなかったけれど騙している罪悪感がじわじわと胸を締め付けてきます。

正直これは男性側からしたらふざけんなと思わんのかな…と思うけれど、百田先生がこう書くならまあ作中では良いのでしょう。たぶん。

 

また「タクシー」は他の4編と違い、絶妙に「現実でありそうだけどなさそう、だけど奇跡が起きればたぶんあるかも」なラインを突いているので、こんな恋してみたい~~~!と溜め息出ちゃいますね。

 

カエルの楽園とは全く違った味わいの本作、百田先生のテイストの幅を知れて大満足でした。

クリスマス、独りで頑張っている人は読んでみるとちょびっとだけ心が救われるかもです。

 

シュールで愛おしい短編集。村崎羯諦「△が降る街」レビュー【ネタバレなし】

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■△が降る街(著:村崎羯諦(むらさき ぎゃてい))
小学館文庫 2022年2月9日第一刷
ジャンル:短編小説集
ページ数:本編276ページ
読破所要時間:約2時間10分
※1ページを28秒で読んだ場合

 

■要素:短編小説、シュール、ファンタジー、恋愛

 

■あらすじ

(表題作 △が降る街)

"私"の住む街では、時々三角形が降る。三角形が降る日は公共交通機関は止まり、高校は臨時休校になる。街に降る三角形は、窓に当たると錆びた鈴のような音がする。

そんな日に、幼馴染の一人である俊介から「俺と麻里奈、付き合うことになったから」という電話がかかってくる。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

余命3000文字」の著者の次作となる本著。

本作も一つ一つが短さの中に展開の大逆転を孕んでいたり、はたまた一つの物語をただじっと眺めるだけの静かなお話もあったり、著者お得意のシュール短編も入り交じり、大満足の1冊でした。

 

特に印象に残った短編をピックアップすると、

 

●ハンカチーフ:

目の前を歩く男が落としたハンカチを拾い「落としましたよ」と差し出すも、男は「それはあなたのハンカチでしょう」と言う。よく見れば男の帽子も、そして男の右手も、足も、何故か自分のものだった。

じわじわと自分が無くなっていく様がゾッとする系のホラー。

 

無重力のδ(デルタ):

”私”が好きだった男の子は、怪物になって挽き肉になってしまった。無重力のδにどうして彼が怪物になったのかを尋ねるが、彼は「理由なんてないさ。僕や君が怪物になる可能性もあった」と語る。

本著のシュールな設定や展開続きの短編の中にあって、突如として現れる宇宙の中の地球ではない星でひそやかに語られる冷たく優しいお話。

 

●空の博物館:

遠い未来、美しい「青空」や「夕焼け」、「夜空」などは様々な国の富豪によってオークションで落札され、今では空を見上げても曇天しか広がっていない。そんな中、”私”は空の博物館を訪れ、様々な空を見物する。

美しくて大事にしたいものは意外と身近にあるし、それはいつか誰かに独占されてしまうかもしれないと思いを馳せるお話でした。

 

●仕事と結婚した男:

「そんなに仕事が好きなら仕事と結婚すれば」と言われて恋人に降られた男、千葉は、その通りだと思い立って”仕事”と結婚した。婚姻届も提出し、結婚式も挙げ、仕事との結婚生活は順調に過ぎていったが、ある日会社に不況の波が襲い掛かり…

オチが秀逸かつちょっと待ったー!!と言いたくなる。それと同時に自分が本当に好きなものは何なのか、考えさせられる。そして結婚相手はマジで慎重に選ぶべきなんだなって…

 

他の短編も村崎先生節が遺憾なく発揮され、気兼ねなく読めるものから気が重くなるもの、ちょっと切なくなるものなどより取り見取りなのですが、前回作と比べると「恋」や「愛」がテーマとなっているものが増えている印象でした。

 

しかし一番意外だったのは、最後の章である「初恋に雪化粧」が何の設定のひねりもない恋愛小説だったことでした

だからこそでしょうか、散々非現実空間を浴びた脳に、極めて普通の世界のどこかで起きていそうなささやかな恋愛模様が沁みること…

ご都合主義のハッピーエンドではなく、大人への一歩を上る少年少女たちの苦みを含む思い出、夢を追う主人公に幸あれと願ってしまう。

 

中には「からあげが安くて、たくさん食べられるお店」みたいなただの飯テロ短編だったり、「イケメンの匂いつき消しゴム」みたいなダジャレ的短編もあるので、決して重い気分のまま読ませないのも好きポイント。(「真面目に地獄行き」のような無情なものもありましたが…;)

 

まだまだ読破した小説の数は少ないですが、前作が令和の星新一とするなら、本作は現代小説群の縮図とも言えるかも知れない、と思いました。それほどに様々な設定、世界、自由さ、面白さが混ざり合って一つの本になっているのです。

 

手軽に非日常を味わいたい時も、日常に疲れて慰めを求めたい時も、自分を見つめ直したい時にもおすすめの1冊です。

 

読むと何となく気が楽になる。奥田英朗「イン・ザ・プール」レビュー【ネタバレなし】

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イン・ザ・プール(著:奥田英朗)
文春文庫 2006年3月10日第1刷
ジャンル:ギャグ、コメディ
ページ数:本編271ページ
読破所要時間:約2時間10分
※1ページを28秒で読んだ場合

■要素:病院、神経科、変わった病気

■あらすじ

(表題作イン・ザ・プール

内臓がざわざわとしているような体調不良を感じた大森和雄は、伊良部総合病院で様々な検査を受けるが異常が見つからない。内科の医師に「この病院の地下にある神経科へ行ってみては」と勧められて尋ねてみるものの、そこで和雄を出迎えたのはでっぷり太った変わり者の医師、伊良部一郎だった。ろくに和雄の話も聞かず適当な診察をする伊良部だが、「運動はした方がいいよね」と言ったことで、和雄はプールへ通ってみようかと思い立つ。

 

■雑感(個人的見解を大いに含みます)

表題作イン・ザ・プールの他、陰茎がずっと勃起しっぱなしで会社でも失敗してしまうのを何とかしたい「勃ちっぱなし」、誰かにストーカーされていると思い込んでいる「コンパニオン」など5編の短編小説が収録されています。

 

いかにも精神世界の不思議さを想起させるような青い表紙とは裏腹に、中身は変わった病気に必死に向き合う患者たちと、それをキングオブマイペースで解決していく変人医師。

何が変ってもうほとんど全部変なんですよね。

ねっちりと描写される伊良部の容姿や言動は「デブ」「頭を掻くとフケがパラパラ落ちる」「鼻くそを壁に擦り付ける(ヒェッ)」……

主人公、それでいいのか?ってくらい物理的にきたない。。

ついでに精神的にも幼く、「超マザコン」「美人に弱い」などこれでもかというくらいに負の属性のフルコース。

 

ついでにアシスタントポジのナースのマユミちゃんも変人。スリットの入ったミニスカートに、胸の谷間が見えている格好とかどういうこと。ちなみにこの露出はマユミちゃんが意図的にやっているそう。

結構前の出版なので現代ではスカートの看護師さんのイメージはないんですが、それにしたって奇抜。

 

しかし、不思議と読後感はさっぱりしているのです。

 

それはひとえに患者たちの悩みが最後にはちゃんと解決するからなのですが、その過程がやっぱり伊良部医師のマイペースさによって引き起こされるトンデモ展開で、日常では中々経験し得ない困難だからなんですよね。

それでいて、人が死ぬようなこともなく基本的にはギャグチック(患者たちは必死ですが、それもまたスパイス)に描かれているので、気負いなく読めるのも好きポイント。

 

個人的には、どっぷり落ち込んでいる時に読むと少し気が楽になれる本なのでお気に入りです。特に「勃ちっぱなし」は秀逸。勃起を隠そうとするあまりに会社でも却って変な目で見られ、仕事も全く上手くいかず、挙句の果てにとんでもない事をしでかしてしまう流れは、少々の悩みなら洗い流されてしまうようなパワフルな展開です。

 

恐らくは主人公の容姿の描写が汚すぎて永遠に映像化されることはないのでしょうが、お気に入りの一冊としてこれからも本棚に置いておきたいです。