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読む映画。村上春樹「アフターダーク」レビュー【ネタバレなし】

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⬛︎アフターダーク(著:村上春樹)

講談社文庫

ジャンル:長編小説、フィクション

ページ数:本編289ページ

読破所要時間:約2時間30分

※1ページを28秒で読んだ場合

 

⬛︎要素:深夜の都会、ファミレス、ラブホテル、表に出ない犯罪、人の裏の顔、ミステリアス

 

■あらすじ

深夜12時を迎えようとするデニーズで浅井マリが本を読んでいると、ある男が「ねえ、君は浅井エリの妹?」と声をかけてくる。かつて姉を通じて知り合い、マイペースに語りかけてくる彼にマリは鬱陶しそうにしながらも彼と言葉を交わしていく。

一方、マリの姉エリは薄暗く不可思議な空間に置かれたベッドで昏々と眠っている。部屋に置かれたテレビ画面の向こうからは、エリを注視する何者かがいる。

 

⬛︎雑感(個人的見解を大いに含みます)

アフターダークといえばASIAN KUNG-FU GENERATIONの同名の曲を思い出しますが、まあそういう訳でこの本をブックオフで見つけた瞬間買いましたよね。

今でも私は村上春樹氏の小説はこれしか読み切っていないのですが、個人的には初めて読んだ村上氏の著書がこれで本当に良かったと心底思います。アジカンともブリーチとも一切関係ないけど、それはさておいて鮮烈で強烈に面白い。このレビューを書くために読み直してますがやっぱり何度読んでも面白い。

 

何が面白いってこの小説、視点についての表現があるところですよ。

 

大抵の小説は、ただ単に場面を説明する際に

美しい山々と流れる清流に囲まれた、小さな村があった。

などのような感じになると思うんですが(これが別に悪いわけではないけど)

この小説は冒頭から

我々は空を高く飛ぶ鳥の視線を借りて、夜の大都市を見下ろしている。」(意訳)

と来るのですよ。

それ以外にも

我々の視線はテレビの裏側へとゆっくりと周り込み、コンセントが外れていることをしっかりと確かめる。」(意訳)

などなど、さながら映画でのカメラアングルを文章に起こしたような表現が1章おきくらいに来るのです。

 

本レビューはこの小説のストーリーのネタバレを避けて書くように意識していますが、正直この小説の最も重要な部分はストーリーの深みとかではなく、

文字だけでどれだけ読者を映像の中に引き込めるかという点にあると思っています。

 

多くの小説は、前述したとおり

一人称視点:主人公の視点で物語が進行 もしくは

神の視点:登場人物達を俯瞰で説明しながら物語が進行

の形式を採用していると思いますが、このアフターダークという小説は「我々」という人称を使用し、劇中の導き手観覧者を両立した視点で物語が進行していくのです。

 

この「我々」というのは、劇中において特段の人物像は付与されていませんが、作中の季節が秋の終わりであり、それを「空気が冷たい」と語る程度には主観性を持ち合わせており、しかし主人公のマリを「深夜のデニーズで本を読む口実のためにコーヒーを注文している」という客観的説明も当然あるため、さながら一本の映画の中をガイドされながら進んでいくような感覚に陥るのです。このような特徴は他の小説では今のところ見たことがありません。

 

これが本作の最大の特徴なのですが、、同時に恐らく最も好みが分かれる点かも知れませんね…。

ストーリー自体は、都会の喧騒と夜の静逸夜の静謐さ、そこに生きる人々が街の片隅で起こすトラブルや日常などを淡々と描き出し、分かりやすい起承転結があるわけでもなく感動的なラストシーンもありません。そういった小説が読みたい場合には全くお勧めできません^^;

しかし、今までに読んだことがないような小説を読んでみたいという方には「とりあえずコレ」と言ってオススメしたい本です。

小説という媒体で極限まで読者に映像体験をさせるという試みは、正に「新しい小説世界に向かう」という裏表紙の文句に違わないものなのです。

興味があればぜひ読んでみてくださいね。